延命治療と尊厳死を考える

砂時計

大切だけど、重たい、お題です。「そんなこと、なるようになるさ」と考えても、結局、自分も愛する家族も通る道です。忙しい時を駆け抜ける現代ですが、ちょっと立ち止まって、取り留めもなく考えてみました。少し先を、垣間見てみましょう。

延命治療とは

延命治療とは、疾病の根治ではなく延命を目的とした治療のことである。対症療法の1つ。生命予後不良で根治が見込めない患者に対し、人工呼吸や輸血、輸液などによって延命を図ることを目的とする。
(ウィキペディアより引用)

大切な親、家族、夫婦、恋人、がいつまでもそばにいて欲しい、生きていて欲しい。本当にそう思います。ですが、愛ゆえに、苦しむ姿は見たくありません。

なにが幸せにつながるのでしょうか・・・

生前から、健康な時にこそ、それとなく確認しておくことが大事です。なんとなく話題にし辛いことですが・・・

自分の時は、どうして欲しいかも考えておくと、意外とすんなり考えがまとまるときがあります。気落ちせず、話をする機会があるかもしれません。

私事で恐縮ですが、私の家族には、延命治療はいらないと伝えています。老後は家計と予算で決めることになっています。遺産もなければ、年金も微々たるものです。

尊厳死は、自然に任せてくれるようお願いしています。日本では、入院すれば、医療費限度額があって、治療費がかさんでも限度額以上は支払わなくてもいいようになっています。(収入によって変わります)

最後は子どもや病院のお世話になるのですから。お墓は共同墓地でもなんでもいいと言っています。何なら、海に散骨(ばらまいても)してもかまいません。残された者が気にするだけのことだと思っているからです。

散骨(さんこつ)にはきまりがあるのか?

最近では、考える人も増えてきました。散骨とは?その真相とは?

参考までにこちら→

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タイムイズマネー

金銭面の確認は最重要です

延命治療をする理由の1つに、はっきり言って、年金の受け取りがあると思います。親の息のあるうちは年金が支給され続けます。

寝たきりになるか、認知症、あるいは、もっと早い段階で親の意思により、お金の管理は子どもに受け継がれ、任されます。

会社経営や、商売、親の借金をも受け継いだ場合など、延命治療もありだと思っています。そして、それは各個人の自由です。

遺産を相続するという問題もあります。話はむつかしくてこれ以上はわかりませんが、負の遺産も相続することにもなります。借金や税金などがあります。ですので、親などの生活状況や金銭状況の確認も、生前にしておくことをおすすめします。

枯れ木

尊厳死とは

尊厳死とは、人間が人間としての尊厳 を保って死に臨むことであり、インフォームド・コンセントのひとつとされる。安楽死や蘇生措置拒否 と関連が深い。

末期がん患者など治癒の見込みのない人々が、クオリティ・オブ・ライフ と尊厳を保ちつつ、最期の時を過ごすための医療がターミナルケアである。
(ウィキペディアより引用)

インフォームド・コンセントとは

インフォームド・コンセントとは、「医師と患者との十分な情報を得た上での合意」を意味する概念。医師が説明をし、同意を得ること。
(ウィキペディアより引用)

とはいえ、医師が全員とも病気を自分で経験しているわけではありません。体力も体質も遺伝子も個人差があります。皆が一緒ではありません。医師もほかの治療方法を持っています。今受けている治療方法だけが、すべてではないはずです。

辛いときは辛い、痛いときは痛い、と口に出して言えばいいのです。薬が飲みずらい、合わないなど、何でも伝えていくことは、医療の向上に参加しているのではないでしょうか。

クオリティ・オブ・ライフとは

クオリティ・オブ・ライフとは、一般に、ひとりひとりの人生の内容の質や、社会的にみた生活の質のことを指し、つまりある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念である。
(ウィキペディアより引用)

ソクラテスは、「なによりも大切にすべきは、ただ生きることでなく、よく生きることである」という哲学的追求を行いました。この考え方がもととなっているのです。これは、若いときから意識して考えても良いことだと思います。齢に関係なく。

喜び

なにが幸せにつながるのでしょうか・・・

なにが食べたいかといきなり聞かれても、パッと浮かんでくる人は少ないと思います。

食べてみて美味しかったらまた食べるし、誰かと食べに行って、楽しい思い出と、美味しかった思い出が残ると、また食べたくなります。そしてそれが幸せだと感じるようになったりします。

幸せも、誰かと一緒にいると幸せと感じたり、絵を描いたり、本を読んだり、スポーツをしたりするときが幸せだと感じたりします。何度も繰り返し行っていくうちに、これだというものが見つかるのではないでしょうか?

失って初めてわかる場合もあります。病気を患って初めて、健康のありがたさを感じます。

介護的には、生活の自立度を維持していくこと、生命的に安心を与えること、出来る限りの意思の確認をしながら、援助していくこと、本人やその介護をお手伝いしている家族や職員の負担も減らしていく。これらが、幸せにつながることと信じています。

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最後に

そして、健康なうちに、あるいは、病気になったときに、自分のことも考えておきましょう。どうして欲しいのかを自覚し、子どもや家族に伝えておきましょう。困るのは、残された者だからです。最後までお読み頂きありがとうございます。

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