常識は通用しません!認知症ケアのノウハウ

記憶障害

常識は通用しません。認知症は進行性の病気です。残念ながら、決定的な治療法はまだなく、お年寄りは時間の経過とともに出来ないコト、わからないコトが増えていきます。介護者はこの事実を覚えておいて、経過の各段階に応じて対応を変えていく必要があります。介護者も本人もストレスを減らし、今すぐに使える介護技術をご紹介します。

【認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ】(介護ライブラリー)

著者 右馬埜節子(うまの・せつこ)

1943年、岡山県生まれ。「認知症相談センターゆりの木」代表、株式会社日本エルダリーケアーサービス執行役員。1933年、中野区役所(東京都)の認知症専門相談員(非常勤)として介護の仕事に入り、2000年の介護保険制度施行と同時に民間事業所でケアマネジャーとして勤務を始める。2003年、自信が担当する認知症の人の居場所として、「デイホームゆりの木中野」を設立。その後、家族介護者の拠り所として「認知症相談センターゆりの木」を解説した。現在は「中野区地域連携型認知症疾患医療センター」の専門相談員を兼務するほか、研修・指導・講演にも携わっている。著書に「認知症の人がパッと笑顔になる言葉かけ」(講談社)がある。

(解説・引用しています)

参考までに

認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン) 厚生労働省→

使い分けで「引き算」の名人になろう

全章は「引き算」の言葉かけの基本でした。
「引き算」の言葉かけとは→

認知症の進行とともに「引き算」も考えよう

ギター演奏

認知症は進行性の病気です。残念ながら、決定的な治療法はまだなく、お年寄りは時間の経過とともに出来ないコト、わからないコトが増えていきます。

引き算を使う介護者はこの事実を覚えておいて、経過の各段階に応じて「引き算の言葉かけ」を変えていく必要があります。(具体的な問題行動のケースから、解決のカギを探ります、プライバシー保護のため、名前はすべて仮名です。)

認知症の発症から最初期

コウイチさんはギターの先生でした。

音楽学校で本格的に学んだ方で、ギターの海外留学も経験しています。60歳になるまでは、たくさんの生徒を教える先生でした。

ギター教室を止めた後は、会社員の妻が生計を支えていました。妻の勤務中は家でギターを弾いたり、得意な料理をしたり、妻が退職すると、二人で夕食の買い物をしてコウイチさんが料理をするという、当時では珍しい欧米型の夫婦スタイルで生活していました。

ところが75歳の頃、手を傷めてギターが弾けなくなりました。これは大きなショックだったようで、
コウイチさんは閉じこもりがちになってしまいます。この頃から少しずつ認知症の症状が出始めました。閉じこもりの状態が、認知症の症状を急速に進めたのかもしれません。

本人も「自分はどこかおかしい」と思っていたようです。78歳になる頃には、他人からおかしいと思われるのが嫌なのか、日中は外に出なくなりました。一目を避けて早朝や夜間に散歩にでかけますが、
自宅に戻るまでに時間がかかるようになりました。どうも道に迷っていたようです。80歳になった頃、認知症の専門医にアルツハイマー型認知症と診断されました。

コウイチさんは認知症になる前はおだやかでダンディな方でしたが、診断が出る前あたりから人柄が変わり、気に食わないことがあるとすぐ怒るようになりました。妻には何かにつけ悪態をついたり、手をあげたりする「暴君」になっていましたが、外ではまだおだやかに振舞うことが出来ました。いわゆる内弁慶です。

私(著者)が初めてコウイチさんにお会いした時は、コウイチさんの前では、妻が気を使っているように見えました。コウイチさんを怒らせると後がやっかいなので、刺激しないように振舞っていたのだと思います。

本人はその脇で愛想笑いを浮かべていましたが、薄毛を隠すためにかぶっているカツラが印象的でした。妻の話では、自宅では頭に手ぬぐいを巻いて隠しているのですが、外出や人の来訪時にはカツラを使うとのことでした。認知症のほかには持病もなく、小柄ながら足腰が達者で元気な様子でした。

初期・ギターの先生として来ていただく

コウイチさんは自分のギタリストとしてのキャリアに自負のある人でした。こういうプライドの高い人は、デイサービスには中々行きたがらないものです。ですが、妻の負担を考えると利用して頂きたいところです。

どうやってお誘いするか、導入が肝心、というのも、コウイチさんは認知症の初期なので、誘うのに失敗して「行くもんか」となってしまうと、そのことを忘れるまで、しばらく時間をおかなければならないからです。

コウイチさんの人生のキーワードは「ギター」そこで、これを使って引き算することにしました。音楽療法の先生になって頂くのです。「うち(デイサービス)には、交通事故で頭をケガしたり、脳梗塞で頭を手術したりしてリハビリをしている人がいます。音楽療法がよく効くと聞いたので、ぜひお願いします。」

と話し、名札も靴箱も利用者ではなく、すべて職員用のものをコウイチさんのために設けました。もちろん座る場所も特別に「先生の席」として用意します。職員も「先生、先生」と呼ぶので、コウイチさんは自分が先生であると信じて疑いません。(こちらは合わせるのに必死でしたが)

コウイチさんはデイサービスに来ても、午前中は1人でギターを弾いています。他の利用者も同じフロアにいますが、彼は「先生」なので皆の中には入りません。午後になると音楽療法が始まります。このときも、お年寄りが好むような演歌のような曲は弾きません。おもにクラシックでした。

「先生、みんなは民謡とか演歌とか、美空ひばりとかを聞きたがっているので、どうかお願いします」と言うと、たまには弾いてくれますが、途中からアレンジを加えるので何の曲だか私たちには分からなくなってしまいます。「先生、もっとみんなにわかる曲にしてください」という声が出て、ムッとした顔をすることもありました。

この調子で週2~3回「音楽療法の先生」という名目で、デイサービスに通って頂きました。この頃の要介護度は1でした。

中期・「給料」を支給する

デイサービスに通い始めて1年ほどたったあたりで、コウイチさんは「給料をもらっていない」と言い出しました。まさかお金の話が出るとは思ってもいませんでした。

職員や私は必要ならデイサービスに来て頂くためにいろいろな引き算を使いますが、その時はいつも「ボランティアで」と言うことにしています。さらに「まったくのボランティアでは申し訳ないので、
送り迎えとお昼ご飯はつけさせてください」と言い換えて、デイサービス内で提供している他のサービスにつないでいくわけです。

ところがコウイチさんは認知症ですから、ボランティアであることを忘れてしまったのです。あるとき、デイサービスから帰った後「あそこは給料をよこさない!」と、妻に当たり散らしたそうです。

そこでコウイチさんに、給料を出すことにきめました。もちろんこれも「引き算」です。まず、氏名と受け取り照明の捺印欄のある、コウイチさん専用の「給料袋」を作りました。

ですが、中に入れるのが新聞紙では、コウイチさんが怒り出すかもしれません。そこでコウイチさんの妻に事情を説明して、毎月1万5000円を貸して頂き、それを封筒に入れてコウイチさんに渡すことにしました。こうして、

  • ①職員が妻からあらかじめお金を借り受ける
  • ②そのお金を給料袋に入れてコウイチさんに渡す
  • ③コウイチさんが給料袋を自宅に持ち帰り、妻に渡す
  • ④妻がお金を取り出し、捺印してコウイチさんに袋を返す
  • ⑤コウイチさんがデイサービスに袋を返却する
  • ⑥職員が妻からお金を借り受ける(以下、初めに戻って繰り返す)

という流れが出来ました。そのうちコウイチさんが「給料が少ない」とこぼし始めたので、再び妻と申し合わせて金額を2万円にし、引き算を継続しました。

この状態が1年半ほど続いたのですが、そのうち本人は、額が多いとも少ないとも、もらったとも、もらわなかったとも、言わなくなりました。

あるときほつんと「まずい、どうしよう。3か月分、受取のハンコを押してない」と言い出したこともありましたが、最後は給料については触れなくなりました。認知症の進行によってこのような変化が起こるのです。

中期から後期へ・カツラがずれても気づかなくなる

コウイチさんは、デイサービスに通い始めの頃は入浴はしませんでした。お風呂に入るとなると、カツラをとらなくてはいけないという大問題があったからです。ところがある時期からコウイチさんは、カツラがずれても気が付かなくなっていました。

ある日、コウイチさんがレクリエーションに参加した時の事です。あまりに盛り上がったためか、体の動きにつれてカツラが反対向きにずれてしまったのです。それを見た職員はコウイチさんが不穏(ふおん=認知症の人がおだやかでなくなること、気持ちが荒れること)になるのではないかと、慌てましたが、本人は平然としていたのです。こういったことからも、認知症が進んできているとわかりました。

この頃、自宅でもいよいよお風呂に入らなくなったという話が出たので、私(著者)は思い切って、デイサービスでコウイチさんを入浴に誘ってみました。「案ずるより産むがやすし」で「帽子をとります」と言いながら、「カツラを外すと」すんなりと入浴して頂けました。

時々ハッと気が付いてカツラをかぶったりするのですが、そのうちお風呂から上がった後、カツラを付けなくても気にしなくなりました。認知症の中期の後半くらいと推測できました。

コウイチさんはこの頃「何かおかしい」という不安も忘れてしまったのか、自宅では昼夜を問わず1人で出歩くようになりました。自宅では帰宅できなくなっていたため、妻は目が離せません。出ていこうとする気配を感じると、必ず隠れて後ろからついていったそうです。付き添っているのが本人にわかると「子ども扱いするな!」と起こるからです。

排泄の失敗も目に付くようになりました。少し失禁したりこぼしたり、という程度のこともありましたが、ある時、トイレに入って中々出てこないことがあったので、職員がそっと様子を伺うと、自分のカップに排尿していたといいます。ものを正しく使えなくなる症状(失認=しつにん)が始まったということです。

それでも食欲はあって、介助なしでも1人で食べられますが、人のものを取って食べることが増えました。これは認知症の人にはよく見られる行動ですが、本人にとっては目の前のものも横のものも、視界に入ったものは全部「自分のもの」になってしまうようです。

後期から最期へ・デイサービスの限界

コウイチさんが怒りっぽくなったことはすでに書きましたが、認知症の進行につれて段々、感情の起伏が激しくなってきました。適切な行動がとれることも、徐々に少なくなっていきます。自宅では、2階にいるのに「もう帰るから」と窓を開けて外に出ようとしたり、妄想が頻繁におこっているようでした。

ある日デイサービスで、こんな事件が起りました。若年性認知症の女性が、コウイチさんのギターの演奏を聞いて「へたくそ!」と罵倒(ばとう)したのです。その時は職員が割って入ったのでよかったのですが、コウイチさんの中ではその出来事が尾を引いていたのか、帰りの送迎車を降りたとたん、交番に駆け込んで「変な女が来て自分を殴った」とか「蹴られた」などと延々と訴えたそうです。

この時期から、衰えが目立つようになっていきました。自宅の2階の窓から排尿したり、階段に排便したりといった行動まで出始め、妻は後始末に追われたと聞きます。

デイサービスでもちょっとしたことで激怒するようになり、テーブルをがたがたと揺すったり、イスを振り回したこともありました。大立ち回りが始まると、引き算どころか言葉自体、耳に入らないようです。職員がとめるのすら難しい状態でした。

コウイチさんが怒ってどうにも治まりが付かないとき、妻に来てもらったこともありました。妻の顔を見れば我に返るのではないかと考えてのことでしたが、妻であることがわかる時と、わからない時があり、その効果は半々でした。

デイサービスには、コウイチさん以外のお年寄りのいます。暴れたはずみでコウイチさんがケガをするのも心配ですが、他の利用者に害が及ぶのは何としても避けねばなりません。

さんざん悩んだ末、私(著者)は、デイサービスで対応できるレベルではなくなってきたこと、そしてそれは自宅でどうにかなる状態でもないということ、さらに、デイの利用を少しずつ減らして、施設入所か入院を検討したほうがいい、と伝えました。

妻は、いつまでも自分の手で看たかったようです。夫の言動への対応に追われ、疲れを感じながらも「ここを乗り切ればまたデイに行ってくれる」との思いで、在宅生活をがんばってきたのです。

主治医も交えて相談した結果、彼女は泣く泣く「手放す」と決めました。その後、療養型病院への入院などを経て、残念なことに、最終的には専門病院へ入ることになりました。

妻は当初、自分で看ない分のエネルギーと時間を面会にあてて、頻繁に病院に通ったといいます。コウイチさんは少しやせましたが、前のようなおだやかな様子が戻ったそうで、寝ているところに声をかけると「ああ来たのか」と嬉しそうな表情で応じたと聞きました。

そのうち妻が面会に行っても「知っている人だけど誰かわからない」という様子になり、言葉も段々出なくなっていったそうです。

どのタイプの認知症でも、他の疾患がなければ徐々に寝たきりになっていきます。目の前の嵐はいつか過ぎ去っていくのです。(そんなに長くは続かないのです)

妻はコウイチさんを看取った後、くせとして残ったことがあると言います。
1つは「しょうがない」。
認知症のコウイチさんのような「理屈をいってもわからない人」に
何を言っても仕方がないということですが、その心境に達するまでには、かなり時間がかかったようです。

もう1つは、大きな声を出して笑うことです。
乱暴な行動(認知症の症状)が出がちだったコウイチさんですが、妻の笑い声があるところでは安心しきっていたといいます。笑顔だけでは、場所によってはコウイチさんには伝わらないため、声を出して笑うようにしていたとのことでした。

コウイチさんを見送った妻は、最後に「充分看たので悔いはない」と言いました。
介護者の「悔いはない」の一言はとても貴重であり、伴走(ばんそう=マラソンなどで、走者のそばについて走ること)させて頂いた私(著者)にとっても、何より嬉しい言葉でした。

その時々の変化にも対応を

このコウイチさんのような、月単位、年単位の変化だけではありません。認知症の人の言動は日によって、あるいは時間によって変化していくこともあります。

引き算は同じ手が何度も使えますが、私たちは、このような本人の細やかな変化にも、上手く対応しなければなりません。(具体的な問題行動のケースから、解決のカギを探ります)

元美容師のタツさん(女性、80歳)

息子さんと2人で暮らしていましたが、息子さんは昼間働きに出ねばならないため、その時間だけ1人になる「日中独居」のケースです。

タツさんは1時期、美容室を経営していたこともあったそうですが、失敗して人手に渡ってしまったそうです。あちこち店を変えながら働いていた期間が長かったようで、苦労されたのか「他人の世話にはならない」「自分がしっかりしなければ」という意識の強い人でした。

とはいえ認知症ですから、1人にしておくのは心配です。息子さんが説得して何とかホームヘルパーの利用にこぎつけたのですが、朝に彼が「今日はヘルパーさんが来るから」と説明しても、午後には忘れてしまいます。タツさんは本心では断固、介護拒否ですから、訪問したヘルパーは自宅に上げてもらえず困っていました。

そこで、まずはヘルパーが、窓越しにタツさんとしばらく雑談した後、頃合いを見て、

「トイレを貸してください」

とお願いすると「いいよ」と家に入れてもらえたのです。こうなれば占めたもので、ヘルパーは一通りお仕事をしてから、

「お礼に掃除をしておきました」と言って辞去していました。

この方法がいつでも使えればよかったのですが、そうはいきません。「トイレを貸して」と言うと、タツさんが「外ですれば」ということもあったからです。これには困りましたが、ヘルパーも知恵を絞ります。息子さんの名前を出して、

「○○君の友達です。お母さんの様子を見てきてって言われてきました」

と言って入れてもらえたこともありました。また、折よくタツさんの家で配食サービス(高齢者向けに自宅までお弁当を届けてくれるサービス)の利用が始まったので、それを利用することもできました。
あらかじめ業者と申し合わせ、玄関でヘルパーがお弁当を受け取り

「お弁当が届いてますよ」

と呼びかけるのです。それで玄関を開けてもらえば1件落着ですが、もし本人が「そこに置いといて」と言うようであれば、

「冷蔵庫に入れないと腐っちゃうんで・・・」

と口実をつけて入れてもらうのです。それを続けるうちに、窓から顔を出しただけで「入れば」と言ってもらえるようになりました。事前に家族や業者とよく相談せねばなりませんが、こういう方法もあることは、知っておいて損はないでしょう。

覚えていること、覚えることもある

一輪の花

タツさんの事例(ケース)を最後まで読んで、少し驚かれたかもしれません。色々な対応を試した末に、ヘルパーが顔を出しただけで入れてもらえるようになった、というエピソードは、まるで認知症の人が、ちゃんと新しいものごとを記憶した結果のようにも見えます。

認知症であっても、体に染みついていることは意外と忘れないようです。

昔からラジオ体操を続けてきた男性

が認知症になった例を知っていますが、この人は3分前のことすら忘れてしまうのに、ラジオ体操の時だけはしっかり者になります。中学生の孫が一緒にラジオ体操をやったところ、腕の曲げ具合、腰の落とし方などを厳しく指導されたとか。

科学的なことはわかりませんし、必ずそうなると期待も出来ませんが、対応を繰り返しているとそれも体に刻み込まれていくのかもしれません。

小料理屋をやっていた87歳のある女性(1人暮らし)

大変な人違いで断固、ホームヘルパーを拒否していましたが、若い女性のヘルパーに、

「結婚するので料理を教えてください」

と引き算で申し込んでもらうと、家に上げてくれました。週に2回訪問し、一緒に料理を作り味見をするだけでなく、それ以来よく話、よく笑い、一緒に出掛けるようにすらなったそうです。若いヘルパーが「友人」として、認知症の女性の中に刻み込まれたのでしょうか。「塵も積もれば山となる」と言いますが、それがまだ通用するのかと、考えさせられました。

引き算が困難なタイプには

色々な物が入っている戸棚 (1) (1)色々な物が入っている戸棚

認知症という病気の難しさは、原因疾患によってその症状が異なるところにあります。

「レビー小体型認知症」「ピック病」のような、物忘れが軽くて、忘れることを逆手に取れないタイプを取り上げます。

  • 引き算は
    • ①忘れることを利用して
    • ②認知症の人の要望どおりにする方法でした。

物忘れが軽い場合は、この②のほうが大切になってきます。つまり、要望のすべてを受け止めて「あなたのしたいようにしてあげる」という思いで対応するのが原則となります。

レビー小体型認知症の人のケースをご紹介しましょう。

レビー小体型認知症には、幻覚(実際にはないものが見える)という非常に特徴的な症状があります。

この病気の人は、見えない物や人と会話したり、「嫁が私を殺そうとする」と言うなど、現実離れした世界に入り込んでしまうことがあるため、介護者は振り回されます。

レビー小体型認知症の人から「あなたに1億円預けた」と言われたことがあります。そのときは、

「あれは寄付に回させていただきました。大金をすみません」と言った後、

「大切に使わせて頂きます」と静かな口調でお伝えしたのです。

するとその人も、何もいいようがなかったのか、おだやかにうなずいて終わりました。介護職員が代金を預かるなどあり得ない話ですが、それを否定せず「あったこと」として受け止めたのが功を奏したケースでした。

前頭側頭型と呼ばれる認知症に分類される「ピック病」も、物忘れが比較的軽い認知症です。この病気は、たとえて言うなら、同じ言動を繰り返したり、反社会的言動を取ったりと物事にことごとく反発したかる「あまのじゃく病」です。

元PTA会長が万引きで警察のお世話になったとか、元医師が放火未遂で逮捕されたという話を聞いたことがありますが、そのとき私(著者)は「ピック病」を疑いました。もしそうであれば、これは病気による反社会的行動であって、本人には動機もなければ悪意もありません。それがこの病気の難しいところですが。

ピック病の人の場合は、たとえば次のケースのように「あまのじゃく」を逆手にとるのがお勧めです。

タイチさん(73歳)は、デイの送迎車には乗ってくれますが、最初に乗り込んで座席の真ん中に陣取って動かないため、他の人が乗れません。「奥に詰めてください」と職員がお願いしても、無言でニタニタ笑うだけです。そこでこう言ってみました。

「タイチさん、そこから動かないで」

すると、ニタニタしながら奥に詰めるのです。デイサービスの昼食。「さあ、ご飯ですよ」と皆さんに呼びかけて、テーブルについてもらいます。タイチさんはニタニタ笑いを浮かべて立ったまま、一向に座ろうとしません。職員は心得たもので、

「タイチさんのも用意しましたけど、食べませんよね」

と声をかけたところ、さっさとイスに座ってくれました。散歩の時間。タイチさんは道の真ん中を堂々と歩くので、危なくてしかたありません。脇に付こうにもタイチさんは歩幅が大きいので、女性職員では追いつけません。「右端を歩いてください!」と後ろから声をかけても、聞こえない様子です。

ところがしばらくすると、左のほうへ寄っていきます。ここで気づいた職員があわてて、

「タイチさん、左を歩いてください」

と言い出したところ、ちゃんと右によって歩いてくれました。いずれも病気の特徴を逆手にとって引き算をしたケースです。「逆の逆」へと導くことで、望ましい行動となるように仕向けるのです。

認知症の「最初期」の人への対応は

認知症家族介護0

ピック病以外にも、もう1つ、認知症のごく初期の人にも気を付けましょう。

俗にいう「まだらボケ」の状態の人には引き算は使いにくいものです。

家族によっては、失敗したお年寄りに向かって「また忘れたの?」「呆けたんじゃない?」などと言う人もいますが、これは禁句です。そうでなくても「なんか変」な自分に不安を抱いているのですから
追い詰めてはいけません。

むしろ基本は静かに見守りつつ、もし声をかけるなら、傷つかないように、否定しないように注意しながら、「こちらのほうがいいのでは?」と別の選択肢を示してはどうでしょう。あるいは本人の気持ちの状態に応じて、フォローする程度にとどめたほうがいいと思います。

伝えるか否かという「告知」の問題があります。

もう1つ、認知症の最初期に特有の問題として、本人に認知症である(あるいはその疑いがある)ということを伝えるか否かという「告知」の問題があります。

言わなければ前へ進めない、だが伝えることで相手を傷つけるのはためらわれる・・・介護者はこのようなジレンマにおちいりがちです。

結論から言うと、むやみに「告知しない」ほうがいい、というのが私(著者)の考えです。認知症の告知は、お年寄りの不安をあおるだけに終わる可能性があります。そもそも、自分の異常に真っ先に気づくのは、ほかならぬお年寄り自身だからです。

「妹にどう接したらいいかわからない」と言う女性でした。

相談者は姉76歳、妹は72歳。ともに未婚で、2人で暮らしています。相談の半年ほど前から、妹は約束を忘れたり、行きつけの美容室にたどり着けなくなったり、話のつじつまが合わないことがあると言います。

つい先日は、冷蔵庫に家の鍵が入っていました。本人が「カギがない」と探していたのですが、冷蔵庫に入っていたとは言えず、何もなかったかのように「そこに落ちていたよ」と差し出したと、姉は言います。

妹がイライラすることが増えてきたので、専門医の受診を勧めたいを姉は考えていました。ところがある日、すでに受診していたことがわかります。テーブルの上に放り出した妹のバッグから、精神科の診察カードがはみ出していました。

それは認知症のせんもんクリニックのものでした。妹がどんな思いで受診し、今なにを考えているのかと思うと辛いが、今後、妹にどのように接していけばいいのだろうか、というのが相談の内容でした。

認知症といっても、いきなり何もかも忘れてしまうわけではありませんし、原因疾患によっては物忘れが比較的軽い認知症もあります。「何か変だ」と不安を感じている人にとって、やたらと告知するのは危険を伴いかねません。

病名を伝えるかどうかより、その人の不安感、恐怖感に寄り添って見守ることを、第1に考えた方がいいのではないでしょうか。

もしすでに医師によって告知されているとか、誰かが伝えてしまったというのなら、「怖がらなくていい」「物忘れをする病気ですが、今は言い薬があるので、きちんと飲みましょう」などと伝えましょう。困っているなら、手助けや生活上のアドバイスも必要です。

本人の意向もあるので告知を全否定できませんが、いずれにしても病名だけをドライに伝えるのは考えものだと思います。

ピンチは「謝罪」と「笑い」で切り抜ける

喜び

「ウソも方便で切り抜けよう」と書くと、「大丈夫かな、ウソがばれないかな?」と心配される人も多いと思います。実際、介護現場、とくに認知症介護の現場はピンチだらけです。

正直に告白すれば、実は私(著者)も1度だけ、引き算を見破られたことがあります。お年寄りに「ウソついちゃだめよ」と言われたときは、さすがにドキッとしたものです。では、そういう場合はどうしたらいいでしょう。

答えは簡単、「ごめん!私が勘違いしちゃった!」とまずそのウソを自分の間違いだったことにしてください。謝ればたいていの人は「いいよ、いいよ」とほほ笑んでくれるものです。そしてウソのことも忘れてしまいます。

もう1つ、ピンチを切り抜ける助けとなるのが、「お笑い」や「冗談」です。お年寄りは「笑点」や綾小路きみまろのような笑いが好きですし、いわゆる「どつき漫才」のようにからだを使って笑わせる芸やキツイ皮肉、冗談を好みます。

もちろん芸人になる必要などありませんが、介護者もその種のユーモアをぜひ味方につけてください。
きっとピンチを救ってくれます。

たとえばある日、デイサービスで私(著者)は、利用者同士がいがみ合っているところに出くわしました。「これはまずい」と感じたので、2人の間にスッと顔を突き出し、

「今日の私、キレイでしょ」と言ってみました。続けて、

「3時間もかけて厚塗りしてきたのに、汗で落ちたわ、もったいない」

と言うと、その2人を含めた周囲の人たちがドッと笑ってくれました。ダジャレや、ちょっとしたジョークも取り入れてください。私(著者)は険しい顔の人を見つけたときは、わざとらしく、

「元、美人が通りま~す」

と言って前を横切ります。すると「今もキレイだよ!」と言ってくれる人もいて、みんなの表情がほころびます。

在宅介護でも「笑」が救いになります。

元公務員のタカコさん(72歳)は嫁の悪口を言うことが多く、

家族も周囲も扱いに困っていました。パートに出るだけなのに「嫁が男に会いに行っている」と、
あちこちで言いふらします。何も知らない近所の人はその話を真に受けて「あんな大人しそうな人が・・・」と噂し合うようになりました。

ついにはケアマネジャーにも「嫁かね・・・」と言い出す始末です。物忘れは軽いのですが、何か妄想めいたところがあったので、専門医に診てもらったところ、「ピック病」の診断がつきました。

お嫁さんは、タカコさんの根も葉もない悪口を腹に据えかねていました。タカコさんには、かつて夫が他の女性と駆け落ちして、不本意ながら離婚した経験があります。

最初はもしやそのせいで「浮気をしている」と触れ回るのかと思っていたそうですが、病名を聞いて「かわいそうな病気」と思えるようになったと言います。そしてある日、パートに出かけるとき、

「浮気しに行ってきます」

と明るく言ってみたそうです。嫁があまりにも堂々と言ったので、タカコさんも思わず笑いだしたとか。このおかげで何か吹っ切れたと、お嫁さんは言っていました。

まとめ

歴史
  • 認知症は進行性の病気です。
    • 時間の経過とともに、出来ないコトわからないコトが増えていきます。引き算を使う介護者は、この事実を覚えておきましょう。
  • 経過をよく見守り、その段階に応じて、引き算を変えていく必要があります。
    • 認知症の人の言動は、月単位、年単位で、変化をしていきます。(初期、中期、最期)日によっても、時間によっても変化します。
  • 引き算が困難なタイプ
    • 認知症という病気の難しさは、原因疾患によって、その症状が異なるところにあります。
    • 「レビー小体型認知症」「ピック病」は物忘れが軽くて、忘れることを逆手に取れないタイプがあります。引き算は①忘れることを利用して②認知症の人の要望通りにする方法でした。
  • 物忘れが軽い場合は②要望のすべてを受け止めて、「あなたのしたいようにしてあげる」という思いで対応するのが原則です。
  • レビー小体型認知症には、幻視(実際にはないものが見える)という非常に特徴的な症状があります。言われたことは否定せず、「あったこと」として受け止めるのが正解です。
  • 「ピック病」は、物事にこだわり、ことごとく反発したがる「あまのじゃく病」です。この場合は、言動に対して逆の手を使い、望ましい行動となるように仕向けていくのです。
  • 認知症の最初期の人への対応
    • 専門医の診断を受けるのですが、「告知」はむやみにしないほうがいいと思います。病名を伝えるかどうかより、その人の不安感、恐怖感に寄り添って見守ることを、第一に考えたほうがいいのではないでしょうか。
  • ピンチ(引き算が通じないなどのときやウソが見破られたときなど)は、「謝罪」と「笑い」で切り抜けましょう。

話をしたことや内容も時間がたてば、忘れています。「笑い」が介護には「救い」になります。ユーモアをもって介護にあたると救われます。在宅介護にも「笑い」は大切です。

どんな病気になっても、なった本人自身が1番不安で怖いですね。そんな時、どんな風に言われたり、されたりしたら、救われるのでしょうか。

自分も認知症になる日がくるかもしれません。住みやすい過ごしやすい世の中になっていると助かります。認知症の人の介護に少しでもお役に立てれば幸いです。

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