幸せな人生を送れる「生き方のヒント」

いつも心に

死ぬときに後悔することはいったいどんなことなのでしょう、終末期患者の死を見届けたホスピス緩和ケアドクターが、患者から寄せられた「死ぬときに後悔すること」を25個に集約し、健康なときからこれらに気を配ると幸せな人生が送れるのではないかと「生き方のヒント」を教えてくれる大ベストセラー本の解説をしています。

「死ぬときに後悔すること25」大津 秀一(おおつ しゅういち)

茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会 緩和医療専門医。がん治療認定医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度(現)笹川記念保健協力財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース終了。内科専門研修後、日本最年少のホスピス医(当時)として勤務したのち、在宅療養支援診療所勤務を経て、現在東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。多数の患者の診療に携わる一方、著述、講演活動をつうじて緩和医療や死生観の問題等について広く一般に問いかけを続けている。「死ぬときに後悔すること25」「いい人生だった」と言える10の習慣「傾聴力」「大切な人を看取る作法」など著書多数。

死ぬときに公開すること25

(本文引用していますが、すべてではありません。熟読したい方は、著書をお買い求めくださいませ。)

1、健康を大切にしなかったこと

早期発見

健康なうちから健康を大切にする

ゆえに、私からの最初の提案は、健康なうちから健康を大切にすること。しかしこれは世間一般で考えられているようなサプリの摂取だとか、メタボの回避とかではなくて、「がん検診を推奨されている時期で受かること」これが大切であり、しておくべきことだ。

病気を早期発見し、それを是正しようとすることが、「健康を大切にすること」だと私は思う。現代の日本人は健康の要求水準が高く、常に心身ともに絶好調であることをもって健康とみなしがちであるが、それはさすがに無謀であると思う。

不調のあらさがしをするのではなく、明らかに病気であるという状態であるか否かを最低限判定し、もし病気と呼ぶ程度の状態であるのなら早期に治しましょう、ということである。

最高の健康を希求するのではなく、死なないレベルの健康はなんとか確保しましょう、と、そういうことである。病気を完全に予防する確実な手段がないため、病気になってしまうことは前提で、それを早期発見することに重きを置くということでもある。

2、たばこを止めなかったこと

たばこ

喫煙についての1医師としての意見たばこは発がんの原因となる。

第一に、縮めなくても良いはずの寿命を縮めてしまう可能性がある。第二に、本来なくても生きていけたはずなのに、たばこに馴染むことで、それがないと人生がつまらないとさえ思ってしまうという点。

私が苦手なのは、「たばこ税を納入している俺たちは善だ」という主張と胎児に子どもがいるにも関わらず喫煙をやめようとしない妊婦だ。

一方で、他人に迷惑をかけることなく、あれこれと自己正当性をせずに吸うのなら、私は仕方ないと思っている。「絶対良い」とか、「絶対だめ」とかいう主張は個人的には苦手である。それはいかにも受容性がなく、ときに危険な方向へ傾きがちな意見だ。

もちろん、医者の義務としてあらゆる人に禁煙を勧奨すべきなのは理解しているし、実際そうしているつもりではあるが。

がんばかりではない喫煙のリスク

たばこはひとえにがんの原因となるばかりではない。呼吸器疾患「肺気腫」の主要な原因となる。長年喫煙していればいつか肺は冒され、肺気腫になる可能性がある。かなり辛い病気に1つと言えるだろう。息が苦しいというのは本当に辛いことである。

勝手に中毒になって、勝手に「ないと生きていけない」と思っているにすぎず、勝手に寿命を削らせているかもしれないのである。

死の間際に後悔しないため、たばこと心中しても良い人以外は、喫煙することをお勧めする。喫煙すれば、次第に発がんリスクも下がるようだ。

(ちなみに、禁煙1ヶ月目でリスクは下がり、1口でもまた吸えば元に戻ってしまうということです。)

3、生前の意思を示さなかったこと

死

食い違う患者と家族の意思

健康なうちから、いざというときのことを家族と話し合っておくのは重要なことである。死ぬ直前まで話ができたり、動けたりとか夢物語のようなドラマが放映されているが、あれは事実ではない。

つまり、皆さんが亡くなるころには、話はできず、意識もなく動けない。そればかりではなく、家族が遠くに追いやられ、管や機械や医師や看護師に取り囲まれ、そのような状況下で、あなたは自分の意思を示せるでだろうか?

答えは、ノー、なのである。要するに、死期が迫ると、皆さんは「こうして欲しい、ああして欲しい」とか考えるのが難しくなり、伝えることさえ困難になる。「赤ちゃんの頃のよう」になってしまうのである。

どうしたらいいのだろうか?良心的代理人に意思表示の代行を依頼する大切なのは遠慮なく話し合うこと、平素から意思疎通をしておくこと。しかし、言わなければ、話あわなければ、お互いが考えていることはよくわからないのである。

終末期医療の現場に「言わなくてもわかってもらえると思っていたのに」はあまり通用しない。きちんと生前の意思(リビングウイル)を、家族にだけでも明らかにしておいた方が良いだろう。

4、治療の意味を見失ってしまったこと

休憩

「ただ生きること」が最上の目的なのか

医療は何のために存在するのであろうか。それは病気を治し、人を健康に戻すためである。しかし、世の中には残念ながら治らない病気がある。そのときの治療とは何のためにあるのだろうか?それは病気の進行を可能な限り食い止めるところにある。

けれども、ほぼ100%治らない病気を持つ人が人生の目的の第一とすべきは、病の進行を止めることではないだろう。限られた生をより良く生きる方向へ向かわせなければ、結局時間を浪費してしまうこととなる。

ただ健康であること、それが人が生きる最高の「目的」とは思わない。長生きや健康は、自分の夢や希望をかなえる「手段」であると思うのである。誰しも死にたくない。若ければなおさらのことである。

しかし、治らない病気の進行を食い止める治療の難しさは、時としてその難しさから、いつの間にか、残された人生の大部分を治療がしめるようになっていまうところであろう。

がんの終末期の抗がん剤治療、中心静脈や胃ろうからの豊富な栄養補給、必要以上の輸液、輸血、などそれ自体が命を縮めることになりかねない。

良心的で秀でた専門家の意見をもとに、治療するべき時は治療し、止めたほうが良い時は止める。それが患者や家族に最もよい時間の量と質を提供するのは間違いないだろう。

充分に良心的な専門家の意見を聞いたうえで、家族で話し合って治療を考えることができれば、延命に終始することなく、

治療の真の意味、つまり、最後の自己実現をする機会を得ることや、家族や親しい人と最後の重要な時間をともに過ごすことが可能となり、後悔は少ないであろう。延命治療を断ち切ったときに、本当の希望がパンドラの箱のように残っていることを知るべきだ。

5、自分のやりたいことをやらなかったこと

喜び

自分の気持ちに嘘をつかない

人の一生は、実にあっという間のものである。自分を偽って我慢を重ねることは、最も健康にとって良くないのではないかと思うのである。

今わの際に後悔しないために

おそらく日本人は真面目すぎる。もう少し肩の力を抜かないと生きが詰まる。もう少し自由に生きると良いと思う。見えない鎖に縛られすぎている。

もちろん秩序を壊せとは言わない。そして、新しい人生には、それなりの逆風が吹く事は覚悟して欲しいと思う。予定調和ばかり気になって、あるいは周囲と和することばかり考え、空気を読みすぎるのは明らかに精神衛生上良くないし、そのような無形のストレスが病気を生む可能性もある。

自由に生きても、忍耐で生きても、
それほど文句を言われる量は変わらないと思う。

後悔しない生き方、それは「自分を取り戻す」ことだ。自分を意識せずとも、自分を体いっぱいに表現している子どもと同じようになれば、おのずと人生の楽しみを取り戻すこともできると思う。やりたいことをやらねば最期に後悔する。やりたいことはさっさとやるべきなのだ。

6、夢をかなえられなかったこと

リンゴが1つ長い道路にある

1つのことを続けると良いことがある

現実はいつだって厳しい。若いころは、それこそ無限に時間があるように感じるだろうし、望めば何にだってなれるような気がするのだ。夢を持ち続けている限り、それはかなう可能性があるということだ。あきらめてしまえば、可能性はゼロである。

考えてみると、むしろ夢をかなえるために全力を尽くせなかったことに後悔があるのかもしれない。これは個人的な感想である。だが、長年1つのことを続けていると、何か良いコトがあるような気がするのである。

ピアノが上手い女性がいた。彼女はピアニストにはなれなかった。けれども、最後に病棟の患者さんを涙させる演奏ができた。

ピアニストになるという夢はかなわなくとも、ピアノをひくことで人を元気づけたり感動させたりすることができたら・・・という夢を長年持ち続けたがゆえの結晶とも言えた。

プロピアニストであろうと、人を泣かせるのはたやすいとは思えない。限られた1点においてであるが、彼女はプロのピアニストを超えたのである。

人は人であるように生きる

またもし、夢や情熱がなければ、人は単に生命を消費するだけの存在と化してしまうだろう。人が生まれ、交配し、子孫を残すのは、あるいは生きるために食し、寝るのは、生物としての既定路線にすぎない。つまり、それらは、必ずしも人間らしい、人間固有の営みであるとは言えない。

人が人であるように生きるということは、そのような生物のくびきから逸脱して生きることかもしれない。夢や希望を抱いて生きようとするとき、人は人らしい生を手に入れる。

そしてまた、自分の思いをかなえようと長い年月にわたってその思いを温めることも、人に特有の営みと言えるだろう。ずっと守り続けた夢が輝くとき、人の生の道はきっと照らされることになるだろう。そして最期まで夢をその手に持ち続けることが出ければ、たとえそれがかなえられなくても、後悔は少ない。

7、悪事に手を染めたこと

スウィートハート

度の過ぎる罪悪感は自らを損なう

終末期特有の、スピリチュアル・ペイン(魂の痛み)の1つに、「自分が悪いことをした罰として、病気あるいは死がもたらされたと思う」ことがある。しかし、実際これは事実ではない。まったく悪いことをすることなく生きていくことなど不可能である。

人が歩けば、どれだけの私物が踏み殺されるかわからない。1人の人間が1年間生きるために、どれだけの生き物が食物として殺され、どれだけの植物が刈られるのか、想像だにできないほどだと思う。

つまり、人は大なり小なり殺生(せっしょう)をしていると言える。あるいは言葉で人を傷つけるのも日常茶飯事である。良かれと思って言った言葉が相手を打ちのめすこともある。

残念ながら、かくもこのように人は生まれながらにして、他の何かを犠牲にしないでは生きられない生き物なのである。だから、それを懺悔(ざんげ)することはあっても、いつまでも後悔するのは控えたほうが良いと思う。度が過ぎる罪悪感は自らを損なうだけである。

死を迎える犯罪者の苦しみ

世の中には法律上明らかな罪を犯して、死を迎える人々もいる。俗にいう犯罪者と呼ばれる人々である。とある犯罪者が、死を迎えようとしていた。彼は言った。「許しが欲しい」と。彼にはキリスト教の洗礼が施されることになった。洗礼の日が迫ると、彼の容体は階段を転げ落ちるように悪くなり、彼は恐怖におののくことになった。「私は許されるのだろうか・・・!?」彼の恐怖は募っていった。彼は自らが犯した罪を悔いた。彼は自らがおかした罪のあまりの大きさに愕然とし、真の恐怖を味わうことになった。
・・・・・
とうとう洗礼の日がやってきた。彼の目からとめどなく涙があふれた。嗚咽(おえつ)は止めようもなく、激しさを増すばかりであった。彼は崩れ落ちひれ伏した。そしてその後、数日して彼は亡くなった。それまでの彼とは打って変わって穏やかな表情であった。

彼には身体的な苦痛はあまりなかった。それにも関わらず、彼はもだえ苦しんだ。犯した罪への後悔、それがゆえに未来永劫許されないという恐怖、それははたから見ていても恐ろしく強いものに思えた。

犯罪など犯すものではないと思った。なぜなら、人が見ていなくても、自分は見ている。そして天が見ているからである。

8、感情に振り回された一生を過ごしたこと

平和ヨガ

平静な心と忍耐の限界

人は感情の生き物である。

感情にほとんど左右されないで、一生を過ごせる人はそれほど多くあるまい。実は医療現場もなかなかストレスフルな職場であり、医者の様々な忍耐を要求される。

アメリカで活躍した有名な医師であり教育者であるオスラー博士も、医者になる若者たちに、医者には「平静の心」が必要である、と説いたという。

「諸君は今後、種々の腹立たしい出来事を何度も経験するだろうが、決して立腹してはいけない」と。しかし、聞く耳を持たない人は、やはり聞く耳がない。これは本当に仕方のないことである。それもまた自己決定権だからである。・・・世の中にはいろいろな人がいるなあと痛感するのである。

小事に心を揺るがせないことが大事

感情は諸刃の剣(もろはのつるぎ)である。感情に左右されれば冷静な判断が出来なくなる。しかし、常に感情を排した決断ばかりするのなら、それはコンピュータと変わるところがない。

人らしく生きるためには、バランス良く感情をコントロールする必要がある。けれども、その針を上手に中間点に保てる人は必ずしも多くない。オスラー博士の「平静の心」を保つのは実に難しいのである。

「死ぬことからすれば、そんなこと、泣いたり怒ったりするほどのものではない」のです。冷静な心の先に、笑いを見出すことができれば、後悔は少ないに違いない。

9、他人に優しくなかったこと

小さいころ

優しさを行う難しさ

他人に優しくするというのはなかなか難しいことだ。優しくしたつもりが、人を傷つけることがあるからだ。押しつけがましい優しさは何の薬にもならない。ただ見届け、黙して何も語らないことが最高の優しさとなることもある。

特に言葉は難しい。ほぼ同じ言葉を語ったとしても、表情、声の調子、微妙な表現、あるいは言った人によって、どのように受け取られるかがまるで変ってしまうこともある。

星野富弘氏の「鈴の鳴る道」に、車いすに乗って生活をすると、道がでこぼこだらけなことに気が付くという話がある。段差に滅入ってしまうのが、車いすに鈴をつけてでこぼこを通るたびに「チリーン」と鳴るようにしたところ心持ちが変わった。そういう話である。

心の優しい人は後悔が少ない

私は誰でも聖性を有していると思う。しかし残念なことに、勢いがあるときにはそのことになかなか気が付かないものである。「気が付いただけ幸せです。一生気が付けずに亡くなる人だっていますから」・・・

人をいじめることがよくあるのなら、心を入れ替えたほうが良い。優しさが足りないのならば、優しさを意識したほうが良い。それらは死が迫ったときの後悔の一因となる。

人間を愛して止まなかった、本当の優しさを持った患者さんたちをたくさん知っている。彼らの微笑みは、どれだけ時を経ても、私の脳裏に刻み込まれている。彼らは後悔を超えた先にあった。優しさがそれを導いたのは間違いない。

10、自分が1番として疑わなかったこと

ゴールデンレトリバー

「耳順」(じじゅん)の難しさ

自分が1番だと、唯我独尊(ゆいがどくそん)でやってきたことに対して、後悔した人がいた。ワンマンでもあった彼は、自分の行いを悔いていた。そのとき、彼は初めて人の言うことに心から耳を傾けるようになった。

とはいえ、孔子(こうし)でさえ「耳順」は60才である。
「子曰く(こいわく)、吾れ(われ)
十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして迷わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順う(みみしたがう)。
七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」(のりをこえず)

訳するに、「私は15才で学問に志し、30になって独立した立場を持ち、40になってあれこれと迷わず、50になって天命(人間の力を超えた運命)をわきまえ、60になって人の言葉が素直に聞かれ、70になると思うままにふるまって、それでも道をはずれないようになった」

つまり、50才で天命をわきまえてもなお、人の言葉が素直に聞けなかったのだ。

あの孔子でさえもである。しかも平均寿命が短かった時代に60才で初めて人の言葉が素直に聞けるということは、今の感覚で言うとさしずめ80才以上になってようやく聞けるようになりましたといったところか。人の言葉を素直に受け入れるのは難しいものである。

なぜ良心的な医者はセカンド・オピニオンをすすめるのか何を隠そう、医者もそのような性質を持つ。1人の医者の目だと、どんなに優れた医者でも間違いを犯すことはある。神ならぬ身には仕方のないことだろう。良心ある医者がセカンド・オピニオンをすすめるのも、1人の医者だけの決断では間違いを犯しているかもしれない、そういう風に考えるからだ。

一歩引いて物事を考える

ゆえに人間は、自分を超える力を持つものなど世の中にたくさんあることを知り、ひいては己の限界を知り、己の考えに対しても時に批判的に見る必要もあるだろう。

常にそのように一歩引いて冷静に物事を考えることで、あるいは過不足なく物事を判断することで、後悔する機会は大きくへるのではないかと思うのだ。そして、耳順(じじゅん)(耳順う=みみしたがう)することも、自らの窮地をすくうことになるだろう。

11、遺産をどうするかを決めなかったこと

価値観

遺産と介護の問題

遺産の処遇をしっかりするというのは非常に大切なことである。医者をしていると、きれいごとばかりではない人間の生業(なりわい)の諸相を目撃することになる。

残った家族で上手に分けてくれるなど期待するべきではない。残念ながら、配偶者もからんでくる兄弟たちとの関係は必ずしも常に盤石(ばんじゃく=安定していること)とは限らない。

どこの世帯でも、お金がかかる壮年期には、できたら1円でも欲しいものではないかと思われ、それゆえに遺産の分与もきれいごとでは済まず、せめぎあいが生じることとなる。

遺産の問題が難しいのは、下手をすると介護意欲にも絡んでくるところである。主介護者に多くの負担がかかっているのにも関わらず、あまりにも遺産分与が平等であったり、主介護ではない長子などに、多くの財産がいくようになっていたりすることで、ギクシャクする事例が多いようである。

財産分与の話し合いは元気なうちに

病気で弱ってからこの繊細かつ労力が必要な作業をするのは荷が重く、亡くなった後に家族がこれをなすのは、争いのもととなることがある。

お金の問題は遺産に限らず、多くの患者さんが死を前にして銀行に何度も連絡しなければならなかったりするなど本当に大変そうだった。ある程度の年齢になったら、1度はきちんと整理・準備しておきたいところだ。

12、自分の葬儀を考えなかったこと

そうぎ

自分の望む葬式とはどういうものか

近年は密葬が増えてるようになった。密葬(みっそう)とは、死者の家族やごく近しい親類・友人のみで小規模に行われる葬儀のこと。規模は規定されていないので、500人規模の密葬もあれば1人しか会葬者の居ない式もある。(ウィキペディア引用)

葬式のありようも時代によって変わっていくのだろう。生前葬とまではいかなくとも、葬式を事前に計画しておく人もいる。

自らの葬式を準備した女性

彼女も自らの葬礼が必要以上に華美をなることを心配して、自ら葬祭業者と話しを詰め、彼女の死後も滞りなくささやかな葬礼が遂行されるように、彼女は緩和ケア病棟にてその計画を練っていた。その願いの通り、質素だけれども素晴らしい葬礼が催されたとの後日談を耳にした。用意は完璧だった。

(葬儀社によって料金も様々であり、)ムダにお金を取られたくない、つまり残される家族の負担を軽くするように努めたい、あるいは自分の好みと異なる派手派手しい葬儀を避けたいのならば、1番確実なのは、生前に葬儀をしておくか、葬儀の計画を完璧に立てておくことだ。

13、故郷に帰らなかったこと

故郷

死期が迫ると人は過去へと戻っていく

人は死が近づくと昔を思い出すものである。特に幼い頃や若い頃のことは鮮明に思い出すようだ。亡くなる1週間前頃から(人によってはもっと前から出現する)多くの人に「せん妄」という混乱が生じることがある。

時間や場所の感覚があいまいになり、周囲の人からは「ぼけてしまったのか?」という戸惑いが聞かれることのある。ただしこれは、ぼけてしまっているわけではない。多くの人が残念ながら、だんだん現状の認識が困難になってしまうのである。

そのような混乱の最中に昔のことを語りだす人が少なからずいる。昔と今と摂り間違えてしまうのである。息子を父と勘違いしたり、妻を母と勘違いしたり、そういうことも少なからずある。

けれどもそのような様を見るたびに、幼き頃の記憶というものはいかに強固に残っているものかと思い知らされるのである。しかし、そんな過去が取り戻せなくともそれを愛そうとすることはできる。そのことによって、自分が生きたということを、あるいは自分が生きてきた道程を、かみしめることが出来るのかもしれない。

断ち切れない故郷への思い

このような心の働きゆえなのかどうかはハッキリとはわからないが、死期が迫ると故郷に戻りたい、あるいは親の墓参りをしたい、そのように言う人も少なくないような印象がある。死期が迫ると過去を振り返るライフレビューがある。

余命数週間の女性の奇跡的な旅路

余命がもはや2、3週間だと思われるのにもかかわらず、なんと飛行機に乗って千キロ以上も離れている故郷に帰った。これが最後だと知り、覚悟の旅である。

彼女は故郷に帰り、そこに眠る父母の墓に手を合わせた。故郷に住まう兄弟たちとも忌憚なく笑いあい、心の中でハッキリと別れを告げた。そして彼女はよろめく体を奮い起こして、また千キロ以上の飛行機で帰ってきた、奇跡的な旅路だった。

故郷の病院への転院で幸せな最期を迎えた女性

ホスピス緩和ケア病棟の入院には、現在長い待ち時間が生じている。困難な故郷への転院をかなえ、見失いかけていた強固な家族のきずなを取り戻して逝ったのである。

故郷で過ごしたいならば、健康なうちにそうするべきである。体が動かなくなってからでは遅いのである。死期が迫って後悔しないように、ぜひ早めに計画・実行しておくと良いだろう。

14、美味しいものを食べておかなかったこと

仲間と食事

食べようとしても食べられない現実

美味しい物が食べられないなんてことに本当に悩むのか?そう思う人もいるだろう。

悩むのである。家族は簡単にあきらめることが出来ないのであろう。その気持ちはわかるのだが、はたから見ていると、この終末期独特の食欲不振の患者さんに「食べろ」と迫るのは本当にかわいそうなものである。

「どうしても僕が食べることが出来ないことを誰も理解してくれない。家族も医者も看護師も」彼の孤独は深かった。「無理やり口に運ばれて、何とか飲み込もうとするが、砂をかんでいるようなんだ。味がないんだよ。」泣きそうな顔だった。私は無理に食べなくてよいことを伝えた。

本当に欲しい物を望んだときに

アイスクリームやプリン、ゼリーなどは、飲み込みが悪くなっても、比較的後々まで食べられる。だから、食の楽しみの希望は最後まで捨てるべきではない。

味気ない栄養食

寝たきりの高齢者が胃ろうから注入されて長年生存するのさえ可能にしている最近の「経管栄養食」の完成度は極めて高いものがある。

さらにいえば、望んでいないかもしれないのに、長年それを注入し続けられて「健康」のように見える、自分でも体を動かすことも出来ない方は、いったいどんな気持ちなのでだろうかとも思う。

好きなものを楽しく食べる

健康な時こそ、己の好きなものを食べることの他に、家族や友人たちとその「かけがえのない」時間を共有する機会が多くあったほうが、後悔は少ないものと思われる。

してみると、健康食とは食事の内容そのものよりも、どれだけ楽しく食べるかのほうにこそ真髄があるのかもしれないのである。

15、仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと

高齢者と若者

「仕事命」の人生を後悔しないために

最近は、仕事=人生という人は少なくなったのかもしれないが、皆がそうかというとそうでもないだろう。労働時間は皆、結構長いはずだ。

ある60代の女性で「仕事命」の方が末期がんになったときは、やはりとても辛そうだった。彼女は家庭を犠牲にしてまで、仕事に励んでいた。ある意味それだけが彼女の寄りかかる柱だった。だから息が苦しくとも、彼女は仕事に行くことを望んだ。体力が落ち、歩くのが難しくなっても、彼女は復職を希望していた。

最終的にはそれが完全に無理だと悟り、生の楽しみをほかに見出そうとしていたが、彼女の仕事以外の引き出しがあったら、あれほど苦しくなかったかもしれない。

病気をきっかけに散歩の喜びを知った男性

糖尿病になったのを機に一念発起し、1日10キロの散歩が日課となった70代の男性は、不幸にも末期がんとなって死期が迫っても毎日散歩へ行っていた。

「最初に医者から散歩をしろと言われたときは、おいおいそんなつまらないこと出来るかよ、って思ったんだ。でも歩いてみると、不思議と楽しい。どんどん歩きたくなって、毎日距離は延びて。いつしか毎朝早起きをして、遠くまで散歩をするようになったんだよ。」

「苦にはならないよ。さっきも言ったように、病気になる前は季節なんがどうでもよかった。でも今はね、季節の移り変わりが素晴らしいと思っているんだ。僕の趣味は散歩だと、じじくさいけど胸を張って言えるね。」

粘土細工に家族への思いを込めた女性

50代のある患者さんは、病床で粘土細工を作っていた。最初それは小さな1羽のフクロウだった。フクロウは数が増え、いつしか家族となっていた。結局、死の数日前まで、彼女の創作意欲はほとんど消えなかった。そして数々の作品が残された。

それらの作品は彼女の家に帰ったが、彼女の夫や子どもたちを今も見守っているだろう。そして時折、彼らが迷い悩むときに、生前の彼女がそうであったように、穏やかに語り掛け励ましてくれているに違いない。

少なくとも、私が見てきた、趣味の達人、長年それを続けた人たちは、最後までそれを生かして、良い終わりを迎えたと思う。そこに後悔はなかった。

16、行きたい場所に旅行しなかったこと

自然風景

旅行はできるうちにしておくほうが良い

旅行なんかいつでもできると思われるかもしれない。しかし、病んでからの旅行はそんなに簡単ではないのである。終末期ともなれば、なおさら大変だ。

実際、行きたい場所が海外や、あるいは国内でも遠方ならば、なかなかそこへ着くのが困難となる。行けたとしても、行くだけで力を使い果たして現地で旅を楽しむ余裕がなくなってしまうだろう。旅行はできるうちにしたほうが良い、行きたい場所にはどんどん行った方が良い。

坂本龍一作曲の「鉄道員」の歌詞にあるように「悩みがあるなら旅に行け」だ。体が動かなくなってから旅にいこうとするのは、平時より多くの困難があるだろう。悩みがなくても、いつでも、旅に行け、私はそう言いたい。そうすれば、旅が後悔など洗い流してくれるだろう。

17、会いたい人に会っておかなかったこと

ハートの中心部

人は終わりまで他者をもとめるもの

この歌は、とても印象深いフレーズから始まる。「会いたい人なら会いに行け、あの山を越えて今すぐ会いに行け」である。

時はとめどなく流れ、世の中も、人と人とのつながりも少しずつ変化していく。死期が迫って意識が低下したり、せん妄状態になったりして、会っている相手を認識できなかったり、会話が不可能となったりすることもよくある。

誰がに会いたいと思っても、永遠に会えなくなってしまうこともあるだろう。そうならないためには、やはり会いたいと思うときに、会っておくことである。

18、記憶に残る恋愛をしなかったこと

ロマンス

恋愛の記憶は最期の日々を豊饒(ほうじょう)にする

私が思うに、良い恋愛の記憶は、死出への道を照らすと思う。恋愛も、人が生きた証だと思うからだ。特に、恋愛は障害があるほど鮮明に残るものだと感じる。昔の恋愛に障害が多かった時代には、大恋愛もまた多かったのではないかと思われる。ロミオとジュリエットかくのごとし、である。

愛し合っていた二人が、家の事情など様々な事情で引き裂かれて、死ぬ間際になって再開する、そのような話も映画などに散見されるが、本人たちは苦しかったかもしれないが、死ぬ前にはきっとその記憶を愛おしく思ったのではあるまいか。

私はあるおばあさんから、かつて引き裂かれて、今は見ることも、話すことも会うことさえできなくなった元恋人の話をきいたことがある。

風の便りで、もはやこの世の人ではないと聞いたという。「来世でまた巡り会いたいですね」彼女が静かにその言葉を紡ぎ出した時、私は恋愛の1つの到達点を見た気がした。

彼女の日々と、死に顔は、少女のような微笑みだったことを覚えている。何が楽しいのかわからないように見られる恋愛が、革命によって、無常のものへと変化したのだ。良い恋愛は、自分がこの世界に生きた証として、死出への道を照らすだろう。

19、結婚をしなかったこと

ハートとカギ

結婚という「形」がもたらす安心感

結婚にこだわらないカップルも増えてきた。男と女の関係は多様なのだと、痛感している次第である。それは1つのライフスタイルとして、善悪を述べるところではないだろう。

けれども、やはりどんなカップルでも、一方の死期が迫るような場面ともなると、やはり結婚はしたくなるようだ。そうやって考えると、結婚は1つの「形」であり、形のあるものを残したいという考えの現れなのではないかと思う。

女性の余命が残りわずか1、2か月程度であることを知りながら男性は結婚式を行い、籍を入れた。女性は予測通り、数週間後に20代半ばで亡くなったが、幸せな最期だった。やはり「形」が持つ、その揺ぎ無さや安心感を手にしたくなるものなのだろう。

夫婦の深い結びつきが苦しみを和らげる

「結婚することで、気持ちが落ち着いて、仕事も一生懸命にできるようになった」と言っていた者がいた。良い結婚は心の安定と活力を生み出すものなのかもしれない。そして死出への旅という局面においても、その安心感は大きな力となるのかもしれないのである。

20、子どもを育てなかったこと

タンポポ

結婚よりも、こちらの言葉は独身者の後悔として度々聞かれる言葉である。「結婚して子どもを産んでおけばよかった」と。誰かとともに生きていくのは、簡単なようでいて容易ではなく、何より忍耐が要求される。家族係累が多ければ、自由は格段に減ることだろう。

ゆえに子どもがいなければ、そのような不自由を忍耐することからは解放されるかもしれない。しかし人と人とのつながりを感じるのは、ひょっとするとより難しいかもしれない。もちろん人によって求めるものは違うだろうし、一概にどちらが良いとは言えない。

損得や利害を超えたところでつながっているのが家族であり、自らの死期が迫り、絆が揺らぐ時期となるとあるいは家族の誰かを亡くさんとするときになると、人はその絆を求めてやまないのである。いざ大切に思うときには、もはや残り時間が限られているかもしれないのが人間であると自覚して、早くから行動すべきだろう。

21、子どもを結婚させなかったこと

スイートホーム

子どもが結婚していないという心残り

これは当人の責任ではないかもしれないが、このことに後悔する人もいるのである。子どもはかわいいからである。とはいえ多くの親は、子どもが独身だと、死期が迫ったときにその行く末を案ずるものである。

それを回避するために、親は子をがんがん独り立ちさせ、どんどん結婚させるべきだ。子どもは言うまでもない、何が最善か考え延滞なく行動に移すべきだ。子どもを結婚させていない後悔は、ばかにできない大きさなのである。

22、自分の生きた証を残さなかったこと

アルバム

人生の総括は早めにしておくほうがいい

生きた証を残そうと思っても、体が弱ってしまってからだとなかなか難しい場合も多いだろう。もし残したいなら、健康なうちから充分考えておく必要があるだろう。何も老いるまで待つ必要はない。なぜなら、いつ死の翼があなたを奪い去るかわからないからである。証は残せるうちに残しておいたほうが良いだろう。

生きた証として何を残すか

手紙に思いを託して家族ばかりではなく、精力的に友人やその他の人々に手紙を残す人もいる。40代の女性は、家族に、友人に、病院のスタッフには、1冊のアルバムを残した。

それを書いていたときの彼女は、とても平静でいられるような状態ではないくらい重い病状だったため、私はそのアルバムの文字が少しも揺るがず、凛(りん)としたたたずまいを見せていることに驚き、それはずっと病棟の本棚の1隅にあって、私は苦しい時、よくそのアルバムに元気をもらっていた。

自らの生きた証が後の人に力を与える

17歳で、白血病で亡くなった女子高校生の手紙

「これが私の出す最後の手紙であるかもしれないのに、本当に何をかいたらいいのかわからない。今生の別れの言葉は何がいいのか思いつきやしない。私はもう1度生きたい。病気を克服してもう1度生きたかった。

ありがとう。私のために泣き、苦しみ、疲れ、身を捧げんとしてくれた人たちへ。人間は誰かの役に立ちたい、救ってあげたい、また、誰かのために死にたいと理想をもつ。自分の生が、死が意味あるものでありたいと思う。

少なくとも私にとってあなたがたの生は意味あるものであるだけではなく、なくてはならないものとして存在している。あなたがたは、勇気ある強い人間だ。あなたは人を救ったんだという満足感と自信に満ち溢れて生きていってほしい。

あなたは私にとってなくてはならない人です。そう思って、あなたに心から感謝と尊敬をしている人がいることを忘れないでほしい」

だから、死期が迫って後悔しないように、自らが生きた証を積極的に残そうとするべきである。またその行為が、後の人々の力となるのである。誰がの人生はその人に固有のものであり、他者がそこから学びや気づき、そして癒し(いやし)や勇気をもらうことも稀(まれ)ではない。

自分の後悔が減るばかりか、他人の人生の苦しみも減らしてしまうかもしれない。生きた証を残すことは、かように良きものなのである。

23、生と死の問題を乗り越えられなかったこと

哲学ソクラテス像
#ソクラテス

生の意味、死の意味を考える

これは切実なものでもある。誰もが、自分の生や死が意味あるものであることを願っている。けれども一方で、生と死の意味をみつけるのは難しいことである。この問題は簡単に答えがでる問題ではないと思う。おそらく人の数だけ解答があり、それを正解として良いのではないかとも思う。

「マイ哲学」を確立する

確かに成功者と言われるような人たちは、何かしらそのような「マイ哲学」があった気がする。もちろん「マイ哲学」がたんなる快楽主義のような浅いものであった場合は、最後になって築き上げた城は崩壊したが、独自の人生観を「マイ哲学」で築いていた人間は、死を前にしても堂々たるものだった。

もっと生と死について知り、それに対して己の考えを確立できれば、間違いなく終末期となっても後悔や恐怖な少ないし、もちろん元気なうちからそれが心の柱としてあれば、たくましくこの世をいきていけるに違いないと思っている。

24、神仏の教えを知らなかったこと

ブッダ

世界で1番死を恐れる現代日本人

別に神がなくても、大丈夫な人は大丈夫である。私もおかげさまで何々教の信者とならなくても、
何とか死を迎えられそうだ。しかし、宗教が用意している「来世」が多くの人の役に立っている部分は否めない。それが必要な人も、世の中にはたくさんいると思われる。

カール・ベッカー氏は著書で、世界で1番死を恐れているのが現代日本人なのではないかと示唆している。その理由として、来世に対する信仰が薄くなったことと不可分ではないだろうと指摘している。

日本には宗教行事は残存しているが、何か宗教を信じていますか?と問うと、「無宗教」と答える人が少なくない。

「来世」の持つ癒し(いやし)の力

実は「来世」という言葉は、非常に甘美な響きをもっている。私も患者さんの亡骸(なきがら)を病院から見送るとき、「来世であいましょう」「来世ではきっともっと楽に見送れるようにします」とよびかけたり、約束したりしてしまうことがある。「来世」というものは、悲しみを癒すのにも強い力を有しているのだ。

私が漠然と考えている「来世」は土着宗教的来世なのであろう。意識せずともそれが身についてしまっているのだろう。ことさら「来世」を信じていないのに、あるのが当然であるかのように振舞っているのである。興味深いことだ。

健康なうちに宗教について考える

とはいえ、終末期になって焦って宗教を求めても、天国や来世を得ることはできても心の修行は成るかというと微妙かもしれない。やはり健康なうちからもっと死生観のみならず宗教について知り、学び、考えておくのが望ましいのではないか。怪しい宗教に対して免疫をつけておくためにも一般的な宗教を1度は学習することをおすすめする。いざというときの後悔は少ないはずだ。

25、愛する人に「ありがとう」と伝えられなかったこと

ハートの形の花

家族愛が問われる時代

しかし、「愛している」というのは抵抗があるかもしれない。だったら、「ありがとう」をいってほしい。気持ちは充分伝わるのではないかと思う。

病院にいると、様々な愛のカタチを見る。愛と聞くと、それぞれ大切な人が思い浮かぶのではないだろうか。その対象は、恋人だったり、夫や妻であったり、幼いわが子だったり、若いがしっかり育った息子、娘だったり、親友だったり、色々であろう。

ことに家族間で深刻な事件が相次ぐ今日、「家族」の愛は、今まで以上に貴重なものとなっているのではないだろうか。そして、本当の家族愛が問われる時代となっているのではないだろうか。

死期が迫る時、人は必ず自分が歩んだ道を振り返る。その道こそが、己の財産そのものであり、その道が納得のいく道であれば、微笑みをもって見納め、その先に足を踏み出すことができるだろう。体の苦しみは進歩した医療で取り除くこともできる。けれども、終末期はそれまでの集大成である。やり残した宿題を人生という先生は決して見逃さない。

やり遂げた人もいれば、最期まで課題を解決できず、辛い最期を迎えた人もいた。人間は、笑ったり泣いたり怒ったり、そんな平凡な日々を繰り返して、限られた時間を生きる。

誰もが同じ定めを背負っている。そして苦しいのはあなた1人ではない。誰もが似たような悩みを持ち、いくばくかの後悔を抱えながら、それを乗り越えてこの世での生涯を全うする。

何が患者さんたちにとって最良なのかをとことん一緒に悩んだご家族の方たちに、そしてこの本を読んでくださった皆さんに、感謝を込めてこの言葉を送りたい。

「ありがとう」

まとめ

いつも心に

「死ぬときに後悔すること25」(大津 秀一)著

若いときに死期や最期を想像するのは難しいことだと思います。「死」に直面する場面も現代では、そういう職業、病院関係、特に終末期緩和ケア、ホスピスなど意外ではほとんど見たり経験したりできません。

ですので、なおさら、人生の先輩たちが残してくれた「死ぬときに後悔すること25」を参考にできるのではと思います。世の中はきれいごとではないです。だからこそ、きれいごとで飾りたいもの。とはいっても難しいのは己の心です。

頭ではわかっていても、親しいからこそなかなか感謝できず、あるいは傷つけあうこともあり、深い憎しみを抱えることもあります。その力を外(趣味や好きなこと)に向けられずに、内側、つまり自分に向けてしまい、心が病んでしまうことも・・・

しかし、どんな人生も、どんな家族も必ず終末が来ます。だからどうか、怒りや憎しみは捨て、心穏やかに過ごして頂ければと、「終末期緩和ケア病棟」ホスピス専門医の医師、大津秀一先生は語っています。

何より、親しくとも、「ありがとう」という言葉を大切に感謝を伝え合う関係であってほしい、と力説されています。どうぞ、心身ともに健康に毎日をお過ごしください。この解説と引用が少しでもお役に立てれば幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました。

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